市場の崩壊には表と裏の顔がある

 この2日、東京市場で大規模なアンワインドが観測されています。アンワインドとはポジション解消のことを指し、買いと売りを組み合わせて運用するロングショートヘッジファンドの場合、上がると見込んだ株を売って、下がると見込んだ株を買う動きをすることになります。こうした意に反する取引を迫られるのは、次のようなケースが考えられます。

・相場の急変動で先行きが不透明になった時に、安全を確保するためにポジションを軽くする
・あるヘッジファンドが大きな損失を出し、追加の損失を回避するために強制的にポジションサイズの縮小を図る
・成績の悪いファンドマネジャーがクビになり、ポートフォリオがまとめて処分される


 現在、世界中でマージンコール(追証)の嵐が吹き荒れています。3月の相場の急落で大きな打撃を被ったのは個人投資家だけではありません。今週には、1600億ドル(約17兆円)と世界最大規模の資産を運用する巨大ヘッジファンド、ブリッジウォーターが年初来で20%の損失を出し、マージンコールがかかっているという話も出てきました。同種の話は表に出てきていないだけでそこら中で起きているものと推測され、これが足元の相場の急変動の一因となっている可能性が指摘されています。

 

www.nikkei.com

 

 通常の相場で起こる散発的なアンワインドはさほど問題にはなりません。上がると見込まれる株が売られて割安になり、下がると見込まれる株が買われて割高になるので、これ幸いとばかりにその歪んだ需給は市場に吸収されていきます。

 ところが、これが短期間に集中的に発生すると大変なことが起きます。吸収しきれなかった需給によって期待していたのとは逆方向に株価が動くため、同様の戦略を取っている他のファンドマネジャーの成績が悪化します。そこに急激なボラティリティの上昇などが加わると、リスク管理の観点からポジションの縮小が始まり、アンワインドの連鎖が起きて成績の悪化に拍車がかかり、動きが加速していくことになるのです。

 このアンワインドの連鎖によりヘッジファンドが大打撃を被ったことが過去にもありました。それをまとめたものが「ザ・クオンツ 世界経済を破壊した天才たち」です。

  リーマンショックから遡ること1年前、前回のサイクルのターニングポイントと言われる2007年8月に起きたパリバショックに端を発する、表からは決して見えなかった相場の知られざる大混乱を描いた作品です。

 この中では、ゴールドマン・サックスが運用するヘッジファンド、「グローバルアルファ」がサブプライム関連で巨額の損失を出し、マージンコールによって株式や債券など一緒に運用されていた他のアセットを投げ売りしたことが崩壊の引き金を引いたと結論付けていました。

worldwealth.blog92.fc2.com

 13年前のグローバルアルファが、今回のブリッジウォーターなのかもしれません。この規模のヘッジファンドとなると、ありとあらゆる市場のアセットを複雑に組み合わせて運用していると考えられるので、その影響はどこに出てもおかしくないと思います。

 さて、東京市場に話を戻すと、典型的なアンワインドの動きがNTTドコモKDDIの間で起こっています。この2社はかなり似通った事業を展開していて、基本的には両者の株価の動きはほとんど連動しています。実際、この1ヶ月の値動きも3月11日まではほぼ同じでした。ところが、3月12日以降に両者の動きが真逆になり始めます。

2月20日 ドコモ 3145.0円 KDDI 3409.0円
3月12日 ドコモ 2911.0円 KDDI 3052.0円
3月13日 ドコモ 2873.5円 KDDI 2763.0円
3月16日 ドコモ 2870.5円 KDDI 2859.5円
3月17日 ドコモ 2912.5円 KDDI 2802.5円
3月18日 ドコモ 3015.0円 KDDI 2680.0円

  今日のドコモの株価は+3.52%の3015.0円で、一時は年初来高値まで後6円に迫る3158円まで上昇しました。日経平均が24000円から30%も下落する過程で、まったく下げなかったということです。一方で、ほぼ同じ動きをするはずのKDDIは今日も4.37%下がり、2月20日に比べて21.4%の下落となりました。同期間にドコモは4.1%しか下げていません。

 この1ヶ月の間に、ドコモに決定的にファンダメンタルズ上優位となる材料があったようには思えません。また、市場全体を見渡しても多分これはアンワインドだな、と思われるような値動きがかなり見られるので、これもその一つではないかと思います。

 とは言え、多くの投資家が注目している時価総額上位の銘柄なので、こんなにおかしな動きが出れば、いずれ収斂すると見てセオリー通りのペアトレードを実行した資金もかなりあると思います。しかし、その上で今日の極めつけの値動きです。それらを飲み込むほどの巨大なアンワインドが発生している可能性がありますが、不敗の巨艦ブリッジウォーターですらマージンコールになる相場であれば、何があってもおかしくはないわけです。

 ドコモとKDDIの例はわかりやすいですが、似たような値動きはそこかしこで観測できます。こういう時に上がっている銘柄が優良で、大きく下がっている株が劣っているということでは必ずしもなく、そこには大きなトレーディングチャンスが潜んでいることもあるのです。

 もう一つ、激しくクラッシュしていたのがREITです。東証REIT指数は-8.15%と大幅に下落しました。こちらは地銀を筆頭とした国内金融機関のロスカットだと見られています。特に今日は、午前中は比較的堅調だったにもかかわらず、引けにかけて加速度的に下落が進行。銘柄によっては15%を超える異例の暴落を記録しました。

 値動き的にはなんとしても今日中に売らなければいけない売り、という印象があり、最大手の日本ビルファンドでも売買代金が90億円程度しかない市場なので、今日は流動性を超えた投げに押されたものと解釈しています。全市場のNAV倍率は0.8で、これを下回っていたのはリーマンショック後の1年強ぐらいの期間だけだということです。

 REIT保有物件のタイプや質によって利回りにバラツキがあり、上位と下位の銘柄では数%の利回り差が恒常的にあります。最近まで上位で2%~下位で5%(ホテル除く)くらいの利回りだったのが、たった1ヶ月で40%も下落して、これが3~8%というようなレンジになりました。

 もちろん、今後景気後退によって賃料が下がり配当が減額されるリスクはあって、それを相応に織り込んだ動きではあると思いますが、過去のデータを見てみると、リーマンショックから1年半くらいはピーク時の配当額が引き続き出ていることがわかります。賃料は今日明日にいきなり下がるものではないので、織り込むにしても早すぎるのではないかと思います。

 また前回と違って今回は金融機関の足腰も強くなり、REIT自身も負債を長期にして安定度を高めているので、破綻などを想起するのはあまりにも行き過ぎていると思いますし、過去とは長期金利の水準が違うので、その点も考慮する必要があるでしょう。ここで投げている人がなにか自分の知らない悪材料を知っているというよりは、素直に地銀の機械的ロスカット説を信じる方が真実に近いのではないかと個人的には感じます。

 この原稿を書いている現在も、ダウは1300ドル安で原油は23ドル台に突入し、VIXは75と記録的な高水準で高止まりしています。プロの運用者はともかく、兼業の個人投資家が入るにはもっと相場が落ち着いてからで良いと思います。

 ただ、こうした混乱期には今回書いたように理由のない暴力的な動きが発生することが往々にしてあり、その背景を知っていれば一見奇妙だったり恐怖を感じるような値動きが別の見え方をしてくることもあります。

 「ザ・クオンツ」に限らず、過去の相場の裏側を明かした書籍はいくつもあるので、興味のある方はこうした機会に読み進めてみると、相場への理解を一歩前に進められるかもしれません。

 

追記:史上最大級の非合理的な値動きとして、下記のような事例もあります。これを忘れちゃいけませんね。

 

 

jp.reuters.com

 

 

ameblo.jp