2020年、ネット証券業界に牛丼チェーン化の嵐は吹き荒れるか

ネット証券「手数料ゼロ」過熱 収益の展望なく消耗戦

www.nikkei.com

 

 2020年は、ネット証券業界にとって大きな転機の年となるかもしれない。そう予見する業界関係者がにわかに増えている。その理由は、これまで小康状態にあった株式売買手数料などの値下げ競争が、突如として再燃したからだ。

 詳細な内容は上記日経記事に譲るが、ことの発端となったのは、昨年2月に行われたKDDIによるカブドットコム証券の買収だ。株安により収益が低迷していた時期に、時価総額1860億円というプレミアム価格でTOBを実施。カブコムの元々の親会社であったMUFGと51:49の比率で株式を持ち合う形で非公開化した。

 買収されたカブコムは業界内でどのような立ち位置にいたのだろうか。以下に2012年末から現在までの、主要ネット証券5社の総口座数の推移を添付した。決算期の関係で楽天証券だけが9月時点、マネックス証券は総口座数の開示が始まった時期からの集計となっている。

 

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 意外なことに、松井証券をも下回って万年5位のポジションが定着している。サービス内容などから考えると今更マネックスや松井を選択する顧客はいないとは思っていたが、どうやらカブコムも同様の扱いを受けていたらしい。それにしても、3位以下の横ばいぶりには驚きを隠せない。

 その間に順調に口座数を伸ばし、差を広げ続けているのが王者SBI。そしてここ3年は楽天証券の猛追が目立つ。個人的には楽天証券の存在感をほとんど感じていなかったので、これには驚きがあった。直近2年に限れば、増加率ではなく増加数においてもSBIを上回り業界内で圧倒的な成長を見せている。その背景を探ると、以下のような記事が出てきた。

 

楽天証券が新規口座数を急増させた「デジタル戦略」の中身

diamond.jp

 

 躍進の契機となったのは、17年8月に始まったポイント投資のようだ。投資信託楽天スーパーポイントで購入できるという業界初のサービスで、これによって1億超を誇る楽天IDからの流入が始まった。その後も楽天経済圏とシナジーのある施策を段階的に導入、IT企業のバックグラウンドを生かした情報発信やコンテンツ作りも奏功し、ウェブサイトのPV数は好調に推移しているという。

 これに対抗してSBIも19年7月からTポイントで投資信託が買えるようになった。また、おつりとポイントで投資ができること自体をサービスとした「トラノコ」を運営するTORANOTECなど、フィンテックの文脈からここに攻め込んでいるスタートアップも出てきており、今後このアプローチからの競争は熾烈を極めていくと予想される。

 その観点から見ると、カブコムがKDDIグループに収まったことの意味は大きい。KDDIには巨大なau経済圏があり、独自の決済手段も有している。金融分野においてはじぶん銀行au損保を子会社に持ち、上場するライフネット生命にも25%を出資するなどポートフォリオを拡充してきた。

 業界5位に甘んじていたカブコムを高値で掴みに行ったのも、キャリアならではの顧客基盤やサービスラインナップとのシナジーにより、容易に活性化させられるとの目算があるからだろう。今回の値下げ攻勢を皮切りに、今後も巻き返しのための積極的な手を講じてくるに違いない。

 実は、私は7年前にも同様の記事を書いたことがある。

 

ネット証券業界は牛丼チェーン化への道を辿るのか?

blog.livedoor.jp

 

 かつて、牛丼チェーンが勝者なき値下げ戦争を繰り広げ、デフレの象徴として扱われていたことになぞらえたものだった。だが、この時は相場の大底。アベノミクスが始まったことで株式売買代金は急増し、ネット証券はたちまち高収益を取り戻して株価は数倍に化けた。

 この時点で既に各社の収益の中心は信用取引に関わる金融収入となっていたが、長期金利が当時の1%から0まで低下したことでスプレッドが厚くなったことも収益力の改善を後押ししたと見られる。しかし、そうした追い風も当然これ以上は望めない。

 その間に着々とグループの総合力を活用しようとしてきた勢力と、そうでないところで明暗が分かれ、それがくっきりと表出してきたのがこの1,2年と見ることができそうだが、このように証券が金融、あるいはその領域さえも超えたライフスタイルサービス全般の枠内に取り込まれて総合格闘技化してくると、昔ながらの発注機能しか持たない独立系の立場は急速に苦しくなってくる。

 現在、マーケットで最も低い評価を受けているのはPBR0.9倍のマネックス。2年前はコインチェックの買収で大きく話題を集めて人気化したが、現在はその高値から1/3の水準で、買収前の株価を大きく下回っている。

 しかしこのマネックスが、今後想定される再編において台風の目となる可能性がある。19年9月末の預かり資産を見ると、カブコムが2.21兆円、松井2.31兆円に対して、マネックスは4.10兆円。債券や受益証券を除いた株式だけでも2.70兆円の規模がある。

 それに対して3社の時価総額は、カブコムがTOB時で1860億円、松井2245億円、マネックス713億円と、預かり資産比だけで考えればマネックスが大幅に過小評価された状態にある。

 また、資本の面では創業者の持ち分が既に低く、2014年に資本業務提携を結んだ静岡銀行が25%を握る筆頭株主となっている点も注目に値する。当時の発言などを振り返ると、銀行との連携を図って総合化を志向したようだが、5年経っても具体的な成果には乏しいようだ。

 現在はSBIが地銀連合の取り込みに積極的に動くなど、静岡銀行を取り巻く状況自体が大きく変容していることもあり、プラン次第では渡りに船と考える可能性は十分あるのではないか。

 買い手の筆頭候補はやはりヤフー。昨年はZOZOの買収にLINEとの統合と、市場を驚かす大型のディールを連発。細かいところでは電子書籍のイーブックの取り込み、PayPayでの大盤振る舞いなど、溜まっていたキャッシュと親会社の資本力を活用して、経済圏の拡大に邁進している。

 10月には金融持株会社のZフィナンシャルを設立した。傘下にジャパンネット銀行とYJFXを持ちながら、証券への参入機会があった時に見送るという選択をすることは考えにくい。

 ちなみに、今日現在で私はマネックスのポジションを保有していないことをここに明言しておく。

 マネックスとは対象的な立ち位置にいるのが松井だ。現在の株価866円に対して、足元の四半期EPSは5円台が続く。単純計算ではPER40倍近くになる見込みだが、純利益を大きく上回る配当を約束しているため、利回りは5.2%に達しており、これが株価を下支えしている。

 しかし、再編においてはこの高止まりしている株価が障害となる。16年には米マクドナルドが日本マクドナルドを売却するという話があったが、この時も株主優待に支えられた高株価が問題となって交渉が難航、複数のファンドが関心を示すも成立には至らなかった。同水準の預かり資産を持つカブコムのTOB価格を優に上回っているため、買収の対象となる可能性は低い。

 また、この値下げ競争の影響は隣接領域にまで波及している。カブコムは株式だけではなくFXでも手数料を引き下げており、そのスプレッドはFX専業会社を含めても業界最安値水準となった模様だ。

 従来、株は証券会社、FXはFX会社でという認識がそれなりにあったように思うが、それも今後は変化していく可能性が高い。上場しているFX専業会社の規模感は、トレイダーズが147億円、ヒロセ通商が117億円、マネーパートナーズが82億円と、証券会社に比べると極めて小粒で、単独では打てる手が限られる。こちらも何らかの再編は必須になって行くものと考えられる。

 この10年は世界的な金融緩和と株高の恩恵を享受してきた証券業界だが、ロボアドバイザーなどの新興勢力の台頭、高齢者世代からデジタルネイティブな現役世代への資産移転の本格化など、次のサイクルまでには環境が激変していく。

 一体どのプレイヤーが次代の覇者となるのか、2020年代はその争いから目が離せなくなりそうだ。